ふくろう通信

平成23年 2月 4日
米山 昌英

君子財を愛しこれを取るに道あり (幽翁・伊庭貞剛)

早いもので会社を創立してから37年が、夢のように過ぎてしまった。
株式会社テリオは、私の敬友フィリップ・A・テリオというすばらしいパートナーに恵まれて実現した会社である。そのテリオ氏が、衝撃的な交通事故で、妹のジネットと共に、シアトルで亡くなってから早いもので20年になる。
そして私も昨年9月で73歳になった。
最愛の娘の死とテリオの死、そして参禅の師匠、三島の龍澤寺、鈴木宗忠老大師の急逝等、目まぐるしい移ろいの中に身をおきながら、私はひそかに、己の心に小さな約束を立てた。
––––仕事だけが人生ではない。会社の創立25年周年が還暦になる。そのときが来たら、社長の席を次の後継者に譲ろう––––と。
出処進退は、我々のように小さな企業では、なかなか思う通りには運ばないものであるが、社長を譲ってもう12年を迎えようとしている。
社長を譲る際、新しい事業として環境衛生事業部門を、次の時代の柱に育てるべく立ち上げた。お蔭さまで、たくさんの一流企業のお取引先に恵まれて、この部門は順調に成長し、当社の第3の柱として立派に育った。
店を徹底的にきれいに磨きこむだけでなく、ゴキブリ、ネズミの駆除、グリストラップ等の排水の清掃等は、飲食業にとっては、美味しい料理と共に欠かすことの出来ない車の両輪のようなものである。我々は、これでずっと苦労し辛酸をなめて来た。懐かしい想い出である。
ところで、私が還暦を期に後継者に後を託そうと思ったお手本として、尊敬してやまない理想の指導者のことを、この際記(しる)しておきたい。住友400年の歴史の中でも、卓抜の指導者といわれた伊庭貞剛氏のことである。
私がとりわけ氏の生き様に魅(み)せられるのは、滴水(てきすい)、峩山(がさん)という臨済禅の傑僧に参禅し、生死(しょうじ)一大事の因縁を了得(りょうとく)し、58歳で後進に道を譲り、引退した出処進退の見事さである。
利欲に枯淡であった伊庭貞剛の人となりと事跡をまとめた「幽翁(ゆうおう)」一巻は、私の人生と事業への生きた指針を与えてくれた大切な愛読書となった。
中でも味わい深いのは次の一節である。(以下原文のため口語体を含む)
・「後継者が若いといって、譲ることを躊躇(ちゅうちょ)するは、おのれが死ぬということを知らぬものだ。」
・「人の仕事のうちで、一番大切なことは、後継者を得ることと、そうして仕事を引き継がしむる時期を選ぶことである。これがあらゆる仕事の中の大仕事であると思う。」
・「老人は少壮者の邪魔をしないようにすることが一番大切だ。事業の進歩発展に最も害するものは、青年の過失ではなく老人の跋扈(ばっこ)である。」
・「ほんとうに社長が命がけの判を押さねばならぬのは、在職中にたった二度か三度あるくらいのものである。五度あれば多すぎる。この二度か三度の判が立派に押せれば、会社からどんな厚い待遇を受けても良いのである。その外の判は盲判(めくらばん)で差し支えない。」 以上共に「幽翁」より
老いてなお汲々(きゅうきゅう)として、地位にしがみついて離れようとしない人間の姿ほど哀れなものはない。事業は畢竟(ひっきょう)人生の一部に過ぎない。あくまでも人生そのものが第一義であり、事業は人生を成就(じょうじゅ)するための一手段に過ぎない、という翁の思想は、私の心を熱くして離さない。
翁が最後にいう「老をよろこび晩晴(ばんせい)を楽しむこころは、すなわち「愚(ぐ)」に安んじる心であった。」という文に接するに及んで、翁への限りない追慕の心を深くするばかりである。
我が社は、これからもお客様のために一生懸命汗を流す。
良いサービスを徹底的にやり抜けば、お客様は、けっして我々を見捨てはしない。生きる道は無限である。大きな心でがんばりましょう。           合掌


米山 昌英