ふくろう通信

平成23年 6月 5日
米山 昌英

大歩危(おおぼけ)
  小歩危(こぼけ)も過ぎて花の雨  (龍沢 中川宋淵老大師) 
                             (*大歩危、小歩危は景勝の地名のこと)



第39期経営計画発表会を無事に終えた。
只今は、参加して呉れた従業員の皆さんと、心を一つに出来た心地よい満足感に浸(ひた)っているところである。
毎年、経営計画書を作成して、従業員の皆さんの前で、新年度の計画を発表するということは、文字になり数字で示された計画書に基づいて、一年間が運営されるということで、私にとっては実にしんどいことである。

思い起こすとこの経営計画書がスタートしたのは、第20期(平成4年6月期)からである。
早いものでもう19年が経ってしまった。
この計画書を作る動機となったのは、闇雲(やみくも)に経営を続けていた時代からしっかりとした経営方針を立てる必要が求められていた時に、縁あって経営コンサルタントの「一倉 定(さだむ)」先生の社長学講座に参加したことからである。それまでは、正直のところコンサルタントという職業を生業(なりわい)とする人をあまり信頼していなかったので、半信半疑で参加をした。
出席してビックリしてしまった。私の想像していたコンサルタントの領域をはるかに超えた、カリスマ性を持った大物コンサルタントであった。人を射抜くような鋭い眼差しで獅子吼(ししく)する姿は、自信に満ち満ちていた。年間一人で一億円以上稼ぐ数少ないコンサルタントの一人であるということを講座に通い始めて二年位してから知った。

・「会社に良い会社、悪い会社は無い。有るのは良い社長か悪い社長だけである。」
 という言葉を聞いて目から鱗が落ちた。
・「電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのも社長の責任だ。」
・「社長は社長室に座っていては駄目だ。穴熊社長が会社を潰す。」

次々に発せられる独特の毒舌に圧倒されて、自らの不明を恥じた。以後、私の最も尊敬する経営コンサルタントとして親身にご指導頂いた。 一倉先生の教えは、徹底的にお客様の側に立って経営をするというごく当たり前のことを繰り返し繰り返し説いて、飽きることを知らない。
詳しい経営方針等の説明は、今期の経営計画書に譲るとして、発表会に参加出来なかった皆さんに、サービス業とは、お客様を大切にして、し過ぎることがないという一つのケースをお知らせして、しっかり心に留めて頂きたいのです。
当社の新宿のある店で、お客様が席を立たれるとき、お隣のお客様のお飲み物を倒され衣服を汚されるという出来事が起きた。 店長が機転を利かせて、お客様に対応して、大変喜んで頂くことが出来たのだが、それでは全部のお店で同じようなケースに、お客様に充分な対応が出来るかというと、しっかりしたコンセンサスが今までは無かった。
確かにお客様同士の事故で、店側があまり深入りしない方が良い、という考え方も有るが、如何なる理由にせよ、困っているのは当店を利用されたお客様自身である。
コーヒーを飲んだ後で大事なお客様に会うかも知れない。パーティーに出席する途中かもしれない。ここは、是非、お客様のことだけを考えて、積極的に処理して、進んでお飲み物を作り直して上げたり、クリーニング代をご負担したり、あらゆるサービスを、我々の負担で誠心誠意尽くしてお客様に喜んで頂くことが大切である。サービス業は、畢竟(ひっきょう)お客様の要求を満たす以外に、生きる道が無いのである。
ここまで「ふくろう通信」を書き進んできて、私の敬愛する元巨人軍のV9ナインのある方のお嬢さんの結婚披露宴で、家内の着物にスープをかけられるという嫌な出来事を思い出した。その後の某有名ホテルの対応が、あまりにも不愉快極まりなく、巷間(こうかん)、日本で最も質の高い一流ホテルといわれるサービスの落差にビックリした。是非、皆さんの参考にして頂きたいのです。
披露宴も終わった後、ホテルの勧めに従って、家内は直ぐに着物を染み抜きに出した。代金を立て替え、頂いた名刺の責任者に領収書を添えて郵送した。2週間が過ぎた。ホテルからは何の連絡も無い。3週間になったある日、家内が痺(しび)れを切らして連絡を取った。手紙が確実に届いているかどうか、不安になったからである。
名刺の責任者は、長らく電話を待たせた後に、
「大変申し訳ありません。風邪のため休みをとり対応が遅れました。直ぐに処理を致します。」という答えだった。手紙が着いていることが確認できればそれでよい、と電話を切った。
それからまたしばらく経ったある日、私の帰りを待ちかねたように、家人が立て替えたお金が送られてきた現金書留を黙って見せた。
その現金書留には、古い汚れた一万円札が一枚、無造作に入っていた。不審な顔をしている私を見て、妻が言った。
「一行の挨拶文も入っていないのよ。」私はそれを聞いて怒りがこみ上げて来た。汚れた古いお札は「ガタガタ言わなくても払えばいいんだろう。」という責任者のうす汚い根性が感じられて無性に腹が立った。
たった一行だけでもよい。遅れた理由を詫びて、是非また機会があったらこれに懲(こ)りずに、当ホテルをご利用して頂きたい、くらいの文章が書けないものか。天下の有名ホテルの責任者にしては、誠にお粗末といわなければならない。どんなに忙しいといっても、サービス業に携わる者としては失格である。このケースは、ウエイトレスがお客様にスープをかけてしまったケースで、私の妻には何ら非が無い。私は、当時このホテルの副社長を知っていたので、早速手紙を書いた。うす汚い一万円札で頬を殴られたような不愉快な気分を素直に文章にした。お金もいらないと思った。
送られてきた皺になった汚いお札をそのまま入れ、今までの経緯を書きながら、込み上げてくる怒りを、どうしても押さえることができなかったのだ。
しかしこの手紙は、3日間、私の机に収められたまま、結局郵送しなかった。私の心の内に同業者(サービス業)に対する同情心と、いつか我が店でも同じような出来事が起こり得ることに躊躇(ためら)いを感じたのだ。しかし今でもあの時の事を思うと、無性に腹が立つ。皆さんはどう思い、どう感じるのでしょうか。


米山 昌英