ふくろう通信

平成23年 10月10日
米山 昌英

運と岩茸は危ないところにある

会社を創業して38年、あと2年で記念すべき40年となる。
古稀(70歳)を過ぎて、近頃、つくづく人のご縁の尊さと受けたご恩の有り難味が骨身に沁みてくる。
たくさんの出会いとその人々に頂いたご恩のお蔭で、私の小さな会社もやっと壮年の仲間入りが出来るところまで来た。有り難いことである。

なかでも会社創立の時に、精魂込めて文字通り我がことのように尽力頂いた 「独立の恩人」が四人いた。四人は既に鬼籍に入っている。今年も9月23日に無事に御霊(みたま)昇天を終わらせて頂くことが出来た。
株式会社東京セントラルの野田英輔氏の祥月命日は10月14日である。今年も奥様とお嬢様とご一緒にお墓参りを済ませることが出来た。早いもので来年は七回忌である。株式会社ミツワの社長、河西昭典氏も幽明境を異にして既に三年である。お二人には、生前、当社の取締役として、ずっと格別のご指導を頂いて来た。古い社員は随分と世話になり薫陶を受けたものである。

水郷の町として有名な茨城県潮来市に、澤田徳美さんというお菓子屋さんのご主人が居られた。私が「お父さん」といって、その人柄を大変尊敬していた方である。私の独立の時、500万円の大金を、無担保で、しかも保証書の一枚も取らずに融資して下さった人生の大恩人である。今のお金に換算すれば、少なく見積もっても、1,500万円くらいの価値になるはずである。
勿論、これは私の信用で融資してくれた訳ではない。私の独立に、自分の信用の全てを賭けて、最もご尽力頂いたマドレーヌ洋菓子店の社長、亡き小松正人さんの桁外れなご尽力のお蔭である。
洋菓子業界が華やかな勃興期を迎えた時代を、先頭切ってリードした革命児である。この小松先生の大恩無くして、けっして今日の株式会社テリオの誕生は無かったのである。小松さんの確かな友情と情熱が、澤田さんの心を動かし金銭的なご援助を頂く運びとなったものである。お蔭で、私は独立という大きな賭けに踏み出す事が出来たのである。

 ─ 運と岩茸は危ないところにある。(扇谷正造著・人間こそ宝庫より)というが、独立するには大きな危険が伴うものである。
人気(ひとけ)のない板塀に囲まれ、借り手の無かった高田馬場店の物件を前にして、
「米山さん、この場所は絶対に成功するよ。良い場所です。ここにしましょう。」
38年前の小松社長さんのこの力強い一言が、迷いに迷う最後の決断を後押して呉れたのである。それは丁度、走り始めた急行列車に、無理矢理に後ろから押されて乗せられた、という感じがするほど慌しい出発であった。
思えばあと一ヶ月、この決断が遅れていたら第一次オイルショックによって、独立のチャンスは完全に消え失せてしまったはずである。

 ─ ほんとうに私は運がよかった、というのが正直な気持ちである。
こういう大恩人の皆さんの献身的な友情と奉仕の心によってわが社の今日が支えられているのである。
・「恩は着せるものではなく、着るものだよ。」
・「昌英が独立できたのは、お前の実力でもなんでもないよ。今日まで育てて頂いた大勢の人様(ひとさま)のお蔭だよ。このご恩はけっして忘れてはいけないよ。特に四人の方々の御恩は、お前が死ぬまでずっと着ていかなくてはいけないよ。」

今も大切に保管している黄色く変色した、古びた母の手紙を思い出す。誠に母の愛は有難く、その心根は実に深い。読み返すたびにたどたどしい拙い文字を通して、亡き母の祈るような叫びが今も私の涙を誘う。

現代の世情は、弱肉強食の時代になったからであろうか、周りを見渡しても「恩」という言葉が死語になってきたようである。 誰もが自分ひとりの力で生き、自分の才覚で一人前になったように錯覚をして、人様に対する思いやりの心を忘れ、恩を感じて感謝する気持ち、義理に殉じる心が希薄になって来た様な気がしてならないのである。

「恩」という漢字は、因と心という文字に分解される。
つまり原因を心にとどめる意味を文字に表したのが漢字の「恩」である。
したがって「恩とは、今日ある自分の状態の原因が、何であるかを心に深く考える事である。」(中村 元博士の言葉より引用)

つまり我々の会社が、只今、存在する原因が様々なある事実によって存在するという事を、心に深く思い留める心情といえるのである。 この「恩」の思想の拠(よ)りどころを、古代インドの仏教学者の著述になる論書の一節を引用して、禅者の松原泰道さんは、次のように書いています。
「世間には、得難い人が二人居る。その二人とは誰か。一人は先に恩を施す人であり、あと一人は恩を知り恩に感ずる人である。」と。
どうやら「恩をひとさまに施す。」ということは、なかなか出来る事ではない。
そして「受けた恩を心に留めて感謝して生きる。」という事も、実はとても難しいという事に他ならない。

どんな小さな「恩」であっても、ひとさまから頂いたご恩は後生心に留めて、それに感謝して行けるお互いになりたいものである。それが出来れば、自然に自らの人格も整って社会の付託に応えられる人材として、社会の一隅を照らすことが出来るのである。

合掌




米山 昌英