ふくろう通信

平成25年1月10日
米山 昌英

梅咲いてしばらく寺は
          朝月夜 (三島 龍澤寺・中川宋淵老大師)


今年も心新たに新春を迎えました。
年の初めの瑞々しい心をいつまでも持ち続けて行きたいものです。
よわい七十五年、天命に従い、生かされている喜びに感謝し、新しい年の初めに心を入れる。
生きることは一筋がし、愚直に皆様との勝縁をこころに念じて、きたるべき明日に希望のぞみを込める。
どうぞ本年もよろしくご指導のほど、お願い申し上げます。
皆様のご平安を心よりお祈り申し上げます。

合掌



年の初めに私の琴線に触れる新聞記事に出会って小躍りした。
東京新聞1月6日の「なでしこ流をとく」という記事の中に、礼儀正しく、相手を敬うエピソードが書かれていた。
少し長くなるが引用させて頂く。

「昨年のロンドン五輪で、話題を呼んだ場面があった。準決勝のフランス戦、主将の宮内あやさんが、五輪初の決勝戦に進んだ喜びを表すよりも先に、座り込んだフランスの選手に手を差し伸べた。この礼儀正しく、相手をうやまう姿勢が清々しく映った。会場にいた大観衆がこの行為を目撃して、静かな感動が流れた。」
「関西大学の国際部准教授であるアレキサンダー・ベネット氏(42歳)は、なでしこのやってきた行為は、礼儀や敬うというよりもエンバシーである。
エンバシーとは「共感」や「感情移入」といった意味の英語で、氏によると「相手の立場を考える能力を指す。」という。
ところが昨今は、スポーツでも国際問題でも勝てば良いんだとか、どんな結果を残したかと云う事しか頭にない。ロンドンの宮内さんの行為に「あれがエンバシー、相手の気持ちが良く判っている。辛いだろうな―。逆の立場だったら同じだろうなと。」
(以上東京新聞より)

国際大会の柔道でも、日本の国技である相撲に於いても、勝てば良い、という風潮が感じられて、実に後見が悪いものばかりである。最近は、相手をおもんぱかるということが疎かになって居る様な気がしてならない。
ここまで書いてきて、県立秋田高校3年の剣道部員白根康亙君の話を思い出した。
話は平成8年5月2日のこれも東京新聞の拾い読み記事である。

「白根君が、昨年6月(注:平成7年6月)のインターハイ秋田県予選で、ライバルの秋田商高との団体戦決勝に、先鋒せんぽうとして出た時のことだった。一本先取された後、めんの打ち合いが決まらないまま、相手の竹刀が肩口に引っかかって落ちた。
こうした場合は、一呼吸の間に打てる。団体戦の先鋒で、しかも一本取られているところで、勝負を互角に戻す、願ってもない絶好のチャンスだった。だが白根君は打たなかった。それだけでなく、相手の竹刀を片膝ついて、鍔元つばもとを持つという礼法にかなった所作しょさで拾い上げ、これも礼法通りに両手を差し出して渡した。大事な試合の勝敗よりとっさの判断で、剣道の基本にある相手への礼を優先した。
結局この試合で白根君は敗れ、団体戦も秋田高校の敗戦となって、インターハイ出場はならなかった。それでも秋田高校のOBをはじめとする観客達はみな「こんなシーンは見たことがない」と感激した。
その声が剣の連盟に届いて、特別表彰となり、地元のスポーツ界の話題ともなって、今回の第8回ユネスコ・日本フェアプレー賞を受賞する記事となったのである。」 「試合の後、打てば良かったかなとも思いました。あれでよかったんだという考えと、半々くらいでした。その後、いろいろ考えて、やっぱりあれでよかった、という気持ちが強くなりました。礼儀も大事、勝つ事も大事。両方とも必要なんです。」
(以上原文のまま)


勝つことと、礼を尽くすこと、どちらを優先させるのか、単純に割り切れるものではない。
「勝負である以上、一本取りに行く気迫きはくが有ってもいいのではないか」という意見もあるが、私は白根君の決断に軍配をあげる。勝負のただ中にいながら、勝負を超えて相手の竹刀を自然に拾い上げることが出来る、それがなんとも素晴らしくすごいのだ。
昨今は、相手に隙があればどんな理不尽りふじんなことでも、ごり押しをして自分のものにする。都合が悪くなると、社会や国のせいにする。あるのは自分のエゴばかりで、他人を思いやる大きな心が無い。それだからこそ白根君の行為が新鮮で目映まばゆいのだ。
当日会場にいた大勢の人たち、選手も観客も指導者も、爽やかな感動の中で覚えた清々しい想いは、有難い経験とともに、けっして忘れる事ができないはずである。

17年経った白根君は、34歳の青年となり、このフェアプレー賞の持つ意味を鮮明に思い出し、立派な社会人として一隅いちぐうを照らす尊い人生を歩んで居られることと思う。
「大したことじゃない。当たり前のことをやっただけ。」と、学生服の少年は少し照れたという。この爽やかな少年の行為から、我々の教えられることは多いはずである。我が国は武士道の国である。

合掌




米山 昌英