ふくろう通信

平成25年4月5日
米山 昌英

生きてこの青葉若葉の
           日の光 (龍澤寺・中川宋淵老大師)


はらはらと舞い落ちる花びらが冷たい雨にれて、もののあわれを誘う。それでも今年は、私の住む国立くにたちの桜並木の満開は、例年より10日も早かった。今年も確かな開花を見せながら、桜前線は列島を北上して行く。
久しぶりに相模湖の近くに、友人とゴルフに出かけた。
ここでも遅咲きの桜が、あとわずかな命をしむかのように咲き誇っていた。
激しい風雨にさらされながら、したたかにえている老木に、時の移ろいを知らせるかの如く、城山しろやま付近は、若葉が驚くほどのスピードで、新緑を運んでいる。

さて、今年も新しい「気」の動く季節になった。
友人・知人の中に悲喜交々ひきこもごもの人事が行われ、新しい出会いと別れとが、縦糸と横糸に織り重なって現れる。別離は悲しいが、新しい出会いは、またとなくうれしいものだ。
平成9年の春、私事になるが、私の息子も社会人となった。別にわが社に入社した訳ではないが、この時期になるといつも息子のことを思い出す。
16年前、桜の花が八分咲きの三月の終わり、私は息子に一通の手紙を書いた。言葉で話す事も大切だが、こういうときは、やはり墨で書いた手紙に限る。
「卒業おめでとう。大学時代と違ってこれからは本を読む事も大事だが、それよりも良い友達をたくさん作ることだ。若い時は、良い友達を作るためなら少々、個人生活を犠牲ぎせいにしても構わないと思っている。良い友達をたくさん持つことが、君の人生を豊かにすることだ。友達との付き合いは、率先してやりなさい。そういうことでお金が必要なら私が喜んで出す。」

父の体験から社会人として大切なことを三つ教えておく。
まず「小さな約束を守れ」、ということだ。
大きな約束を忘れるようでは、社会人としては論外である。落第である。大切な事は小さな約束である。さりげない会話の中の小さな約束は、こちらでは案外忘れてしまうものだが、相手はけっして忘れていない。小さい約束をきちっと守った積み重ねが、君の信用を築き上げる。
次に「ハイッ!という返事」をする事だ。
社会人としては君より下の人はいない。先輩・上司に呼ばれたら、まず「ハイッ」と爽やかに返事をする。これは実に大切な事である。
三つ目が「フシのあるお辞儀を心がける」ことだ。
ホカホカの新入生の君たちは、出会う人のほとんどが初対面になる。初対面の人に挨拶するときは、相手の眼をしっかりと見て、眼と眼を合わせながら「私は×××の米山でございます。」と明るく挨拶をする。
相手にさわやかな印象を与えられなくては、良い人間関係も生まれない。初めての人との出会いを大切にする意味で、心に残る挨拶を心がけることが何よりも大切である。
社会人になった一個人の君の力なんて知れたものだ。会社の恩恵で出会える様々な人々に感謝して、その出会いを大切にしなさい。頂いた名刺は、たった一枚であっても、頂いたそのご縁は有難く深く、限りなく神秘的で、味わい深いものである。縁とはそういうものである。(以上息子への手紙より)

何もかも扇谷正造先生からのうけ売りの言葉である。
我が家では、息子が小さい頃から成長の節目には、必ず父親として手紙を書いて来た。
小・中学校に入学する時、高校生になるとき、そして大学に進学するとき、息子に伝えたいこと、父親の想い等を書いて、手紙の最後には、必ず母親に感謝の気持ちを忘れないようと書いてむすびとした。
大学を終えて社会人になった息子に、父親として格別なものを感じるのは、どなたさまでも同じ父親の情感である。
多難な息子の人生が、生きるに値する人生であって欲しいと、いつも心から念じ続けているのである。父親の想いとは、そういうものである。
息子には息子の人生が有り考え方もある。また不得手ふえてもある。好き嫌いもある。どうしてもこの道でなければいけないということもない。ただ言えることは、息子が好きで選んだ自らの道を「最良の道」として、精一杯生きてくれることしかないのである。親に出来る手助けなんて、多寡たかが知れている。
自分の人生は、自分の器の大きさ以上には水が入らない。己の器の不足を補ってくれるもの、それがよき友人である。
人はよく「あの人は運の良い人だ。」と羨望せんぼうをこめていう。
私の敬愛する浅野八郎さんは「運とは、クモの巣のように張り巡らされた人間関係である。」と、そのあたり喝破かっぱしておられる。

結局運を良くするものは、自分を取り巻く大勢の「人と人」との真摯しんしな交わりに尽きるのである。その気になれば、人生という庭に植えるものは、いくらでもある。「頑張れ新社会人たち!」である。

合掌




米山 昌英