ふくろう通信

平成25年8月10日
米山 昌英

初蛍悲しきまでに
         光るなり (三島・龍澤寺 中川宋淵老大師)


思いもしなかった強烈な腰痛に苦しんでいる。
7月早々、痛めた腰の痛みがやっと治まり始めた7月27日の早朝、お墓の掃除に出かけた。娘の毎歳忌を菩提寺で行う準備のためである。
少しばかり広いお墓の掃除が一時間半掛けて終わろうとしていた矢先、突然猛烈な痛みと共に一歩も歩けない。冷や汗が吹き出てきた。
しばらく腰掛けて我慢をしていたが一向に良くならない。自宅に帰らなくてはならない。手ぬぐいを両方の膝に巻きつけて、駐車場まで何とか這ってたどり着いた。
再発した腰痛は、それから10日間、一進一退の痛みに悩まされた。75年の人生でこんな経験は、初めてであった。ジタバタしてもどうにもならない。
治療は医者にお任せ、会社のことは社長に任せて休養するしかない。

ようやく短い時間なら歩けるようになり、会社に出ることにした。遅く出社して早退するパターンである。当たり前のことが当たり前に出来ない。焦燥感は募るばかりである。失ったものがあまりにも大きいのである。
しかし失うものばかりの病気でもなかったようである。病を持ったかたの苦しみも理解出来たし、何事もなかったように当り前のように仕事をして呉れる大勢の従業員が居たのだということに、改めて感謝する心も目覚めて、
「まんざら失うものばかりではないなー。」と感謝した。一得一失である。病を経て初めて知る人生の喜怒哀楽である。
私の通勤は、国立駅から中央線を使って、三鷹駅で始発の総武線に乗換えて大久保駅で降りる。よほどでないと新宿駅までは行かない。
杖を頼りに出勤した最初の日、サラリーマン風の中年の紳士が、「どうぞお座りください。」と快く座席を譲って下さった。誠に有り難かった。立っているだけで、うずいてくる足腰の痛みに耐えかねて体が震える。ここは素直に頭を下げる時だ。「ありがとうございます。助かります。」と。
病を経て初めて知る人様ひとさまの情け、五体満足の時には判らない他人の痛み、経験というレンズを通して得られた尊い体験であった。

朝の通勤電車は、痛勤電車と揶揄やゆされる程、満員である。折角せっかく座れた席を譲ることは、余程のことが無いと出来ない行為である。そう言えば、席を譲らなければいけないような場面では、居眠りをするのだということを、聞いたことがあった。
こうして毎日、痛い足を引きずりながら通勤していたある朝のことであった。
赤子を前に抱いた女性が、武蔵小金井駅から乗ってきた。丁度私の席の二人隣横に立った。車内は満員である。
隣の若い学生さん風の青年が、スッと立って「どうぞ─ 。」といって席を譲った。実に爽やかでその青年がとても美しく輝いてみえた。
ところが肝心のその女性が「まもなく降りますので─。」といってかたくなに
その厚意を受けない。気持良く席を譲った青年は、席を立ってしまっているので、もう後戻りが出来ない。一瞬気まずい空気がそこに流れて、席を空けたまま次の駅に着いてしまった。
結局この赤子連れの女性は、そこから2つ目の武蔵境駅で降りた。もしこの女性がたとえ短い間でも、その青年に心から感謝して、その行為を受けていたら、見知らぬ人に席を譲った青年は、どんなにか爽やかで清々しい一日を送ることが出来たのではないかと、とても残念に思った。
マナーとは、受け取る側の「おもいやりの心」もより大切である、ということに気付かされたある朝の出来事であった。


合掌




米山 昌英