ふくろう通信

平成25年11月10日
米山 昌英

秋ふかく 石がささやく
         石の声 (三島 龍澤寺 中川 宋淵老大師)


 今年も恒例の伊勢神宮参拝に出掛けることが出来た。年中行事のひとつであるが今年は格別な年である。
 式年遷宮と言って20年に一度、天照大御神様のご神体を新しい社殿にお移しするという壮大な記念すべき儀式の年である。
数えて62回目の遷宮になるという。持統天皇が即位した飛鳥時代の690年に初めて行われ、今日まで1,300年間、絶えることなく続く壮大な行事であるという。
 我々は9月28日(土)本宮の内宮へ参拝して、翌日29日に外宮にお参りした。外宮にお参りしてから本宮に参拝するのが順序だというが、とにかく大変な人の数であった。例年に比べて、若い人が多いのには、とてもびっくりした。話に聞いたところでは、9月20日現在で、900万人の参拝者というから1,000万は軽く超えるという。伊勢市では1,300万人に上方修正をしたとも聞いた。
 本宮の参拝では、我々も長い行列にお付き合いした。充分時間を掛けながらの参拝である。腰の悪い私は、お蔭さまで随分助けられた。
式年遷宮では、立替えられた社殿内を飾る奉飾品や服飾品の「御装束」も、神宝と呼ばれる武具や楽器等も、すべて一新され「常若」を保つ美意識に驚かされた。それらは714種、1,576点にも及ぶという。
 外宮にお参りした朝、300人にも及ぶ神官の見事な行列を見送った。玉砂利を踏み、粛々と進む白装束の行列は、朝の静寂な たたずまいと共に、厳粛で荘厳な外宮の緑の木々と重なり合って実に見事な一幅の絵を見る様な景色であった。
 我が祖国はやっぱり太陽の国である。天照大御神様を戴き、記紀の時代より綿々と続く日本は、やはり世界から見たら神秘的な国である。
 世界を眺めても一家に神棚を祭り仏壇を設けて、神様と先祖を敬うという国はどこにもない。世界の中でもまさに独壇場である。
 素晴らしい日本文明を1,300年間も育み、独特の文化を形成してきた先祖の類まれな英知に、改めて敬意を表さねばなるまい。祖国への誇り、家族愛、郷土愛等の美意識は、日本人が決して失ってはいけない大切な愛の根源である。 日本人は、早く「真の日本人」を取り戻すべきである。
 フランスの駐日大使であったポール クローデルは日本人を讃えて、次のように述べている。
「日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でどうしても生き残ってほしい民族を挙げるなら、それは日本人だ。」(国家の品格 藤原正彦より)と、言わしめた日本人は、いったいどこに行ってしまったのだろうか。精神文明を嫌い、物質文明こそが、新しい日本人の進むべき道筋である、と弱者を切り捨て、強者だけが幅を利かす新日本人を作ってきた戦後の祖国は、ようやく戦後68年になって、やっと祖国の愛に目覚めたのであろうか。
 邪悪を寄せ付けない 静謐せいひつな世界に参拝しながら、ようやく日本人も真の日本人のアイデンティティに、目覚めてきた気がするのである。たくさんの若い参拝者を眺めながら感慨ひとしおであった。
  そういえば、三島の龍澤寺の宗忠老大師が、生前ある時、ぽつりと漏らした一言が、その後ずっと私の耳元から離れない。
「人間の 惻隠そくいんの情も、他人を思いやる心も、隣人を思いやる心も、自己犠牲の精神も、何もかも捨ててしまった日本人が、祖国を愛し、隣人を愛する人間として育つには、歩んできた50年(当時)の歳月と同じ年月が必要だな―。」と嘆かれていたのを思い出す。
 参拝のため玉砂利を踏みしめながら、今回の式年遷宮が、ようやく日本人が世界で尊敬される民族として、スタートする記念すべき年になるような気がしてならないのである。是非、そうあって欲しいものである。



合掌




米山 昌英