ふくろう通信

平成26年3月25日
米山 昌英

うばが手に摘まれて草の
         萌ゆるなり (龍澤寺 中川宋淵老大師)


 人生には厄年、空亡という運勢の衰退する時期が有るという。
次から次へと押し寄せる厄介なことが続くと「あながち無視も出来ないな―。」という気持ちになるものである。
 友人によると私は、いま本厄と言われる衰運の真っ ただ中にいるという。
 昨年7月末に突然腰を痛め、いまだに少なからずその影響を受け、五体不満足の状態が続いている。
 そんな中でこれも突然に、24年前に白内障の手術をした左眼の具合が悪くなった。眼内レンズを支えていた周囲の筋肉が加齢により劣化し、レンズが落ちて、ものが 見難みにくくなったものである。
 3月13日に手術をしたが、これがなかなかの難手術であった。この手術は、北里大学病院の清水公也教授が率いる眼科スタッフの皆さんに、お世話になった。
 最初の白内障の手術は、清水先生が北里病院に移る前、日赤武蔵野病院の眼科部長の時に執刀して頂いた。当時、曽野綾子さんが白内障手術をされマスコミ等で取上げられていた。私もこの記事を見て、特に先生に手術をお願いしたひとりであった。
 そのとき「新しい手術法なので、20年は大丈夫だがそれ以降に眼内レンズに変化が出るかもしれません。」と言われていた。いよいよその時期が、「来たな―。」という心境である。それにしても、目が不自由というのは、誠に不便極まりないものである。
 私の高校時代の同級生が三島に住んでいる。彼は糖尿病から来る失明で両眼の視力を無くしてしまった。奥様の献身的な介護によって、生活の全てが支えられている。
 正直言って両眼が見えないということが、生活にどんなに不便かは理屈では判っても、実体験のなかった私には「大変だな―。」という同情が出来る程度で、とても想像出来なかった。今回、経験というレンズを通して、初めて友人の困難な日常生活に思いを馳せることが出来た。
私が片目を悪くして不便を感じる程度とは、格段の違いであるはずだが、友人は、そんな気配を少しも感じさせない程元気で、長男夫婦と仲睦まじく暮らしている。
 助け合い、 かばい合い、いたわ りあいながらの家族生活を垣間見ると、同居している孫たちも、きっと社会に出て、「他人の痛み」や「弱者に対する思いやりの心」というものを身につけて、立派に成長してくれるはずである。人生どんな境遇にあっても、真摯に強く生きれば、「人生という庭」に植えるものは沢山有るはずである。私などもっともっと強くならなければいけない。上には上が居る者だ、と改めて感服した。
 せめて私にできる報恩底は、年に一度は訪ねて交遊を温め、生きてこそ会える喜びを味わって頂くことくらいである。
 五体満足のとき「何もかも当り前と思っていた。」過信が、 もろくも崩れ落ちて自信喪失するばかりである。
 悪いことは重なるもので、目の手術後間もなく、会社に出掛ける途中、転んで顔に怪我をしてしまった。
 眼帯をしていたために平衡感覚が悪かったこともあるが、鼻より低いはずの上唇の上を怪我したのには、「俺の鼻はそんなに低かったのかな―。」と苦笑するばかりである。
 「2度あることは3度ある。」、これで厄払いが出来たね、と友人はいうが、願わくば、もうこれ位で、お しまいにして頂きたいところである。
 そういえば、我が家は、私が本厄、家内と息子が前厄、嫁が後厄だったと、家族全員で2月早々に厄祓いをしたことを思い出した。
「病は心の現れ苦悩は因果の現れ(神命大神宮御神託)」という。自らを省みて反省するところ誠に大である。

「心こそ 心迷わす心なれ 心に心 心許すな」(沢庵禅師)
私以外の家族が元気なのが何よりもうれしく幸せなことである。


合掌




米山 昌英