ふくろう通信

平成26年5月12日
米山 昌英

竹皮を脱いできらめく
          朝の露 (三島龍澤寺中川宋淵老大師)


 70有余年の人生を生きながら、私はいまだにうなぎの味を知らない。
一度も食べたことがないからである。
「こんなに美味しいうなぎをどうして食べないの?」とよく言われる。
その度に「うなぎは嫌いだから。」と答える事にしている。

私の母は、信仰心の厚い人だった。学歴もない平凡な母親だったが、小学生の頃「昌英はうなぎを食べてはいけないよ。」と突然言われた。
「どうして?」と聞くと「お前の守り本尊は、虚空蔵菩薩という仏様で、この菩薩様に仕えているのが「うなぎ」だから、けっして食べてはいけないよ。」ということだった。
それ以来、うなぎを食べる機会は何度もあったが、けっして食べることはなかった。丑年生まれの守り本尊、虚空蔵菩薩のお徳を汚したく無いという畏敬の念をずっと持っていた。従って、食べたいとか特に不便に感じる事は無かった。しかしほんとうにこういうことが有るのかな―、と長い間不思議に思っていた。

 銀座に「竹葉亭」という有名なうなぎの専門店がある。友人でもある社長の別府克己さんに、この話をすると「そういう話は父親から聞いた事がある。だけど60歳を過ぎたら、大勢の友人、知人を集めてうなぎの大判振る舞いをして、禁を解かなくてはいけないらしいよ。」「その時は、竹葉亭で派手にやりましょう。」と言われてしまった。

 ある時、東京新聞の「筆洗」コラムで、落語家の古今亭志ん朝さんに関する「うなぎの話」が出ていた。
 ―あるテレビ番組で「最期の晩餐には何を食べたいですか?」、という質問に、志ん朝さんが「うなぎ」と答えたのを見て、姉の美濃部美津子さんは驚いた。「弟は、うなぎは嫌いのはずだ。」とずっと思っていたからである。志ん朝さんがまだ 噺家はなしか になったばかりの頃、「芸が上達するように」と、お参りした寺のご本尊が、うなぎを使いとする虚空蔵菩薩だったため、63歳で亡くなるまで、一度も禁を解くことなく口にしなかったというのである。

(以上は筆洗より一部抜粋)


4月25日の東京新聞の「筆洗」で、また面白いうなぎの記事が出た。岐阜県郡上市粥川かゆかわ谷では「うなぎを食べないこと」が掟になっているという。
―平安の昔、粥川谷の民は妖鬼に苦しめられていた。あるとき、退治のために都から貴人が遣わされたが、道に迷ってしまった。その時案内に現れたのがうなぎで、使命を果たした貴人は、「うなぎは神の使い。大切にせよ。」と言い残して帰られたという。それ以後、この地方では、決してウナギを食べないという。
「ウナギは虚空蔵さまの使者であり化身である」という理由から虚空蔵菩薩を祀る地域、丑・寅生まれの人は、これを食べないという風習は、全国各地数十か所に伝わっているようである。(以上は筆洗より一部抜粋)
真言宗豊山派の明星山延命院がある三郷市彦倉地区でも言い伝えによりウナギを食べない方が多いという。

―秋の大雨が数日続き、古利根川が増水して堤防が決壊、ついに軒先まで浸水してしまった。子供と老人が太い丸太のようなものに乗ったり、つかまったりして、濁流の中で流されずに浮いていた。良く見るとそれは丸太でなくウナギの大群で縄の様になって寄り集まり、子供や老人の体が流されない様に抑えつけて多くの人の命を救ったという。これらのひとは、その恩返しのためにうなぎを一切口にしないと誓ったという。(明星山延命院のHPより)

虚空蔵菩薩は、広大な宇宙の様な無限の智慧と慈悲を持った菩薩であるという。高僧といわれる弘法大師・栄西禅師・日蓮上人はじめ仏教者に信仰する人が多く、明治の大政治家伊藤博文公は、終生その像を身より離さなかったという。
(一部上野宋雲院のHPより)
私の母もこのようないい伝えをどこで聞いたのだろうか。きっと信心深かった母は、我が子には仏様の徳を減ずる様な、殺生をさせたくなかったのだと、しみじみと有難く思う今日この頃である。

合掌




米山 昌英