ふくろう通信

平成27年1月1日
米山 昌英

半眼に見すかす春の
          まだ寒き (三島 龍澤寺 中川 宋淵老大師)


 
明けましておめでとうございます。
厳かなあさを穏やかな心で迎えました。
ひとり静かに端坐して、去りし歳に感謝し、
新しい年に心を立てる。
人生77年、お蔭様で「喜寿の坂」を越えました。
ひとえにお導き頂いた皆様のお蔭です。
玄冬なかばを過ぎ、老いを自覚する頃となりましたが、
生かされていることに感謝し、日々の生活を疎かに
することなく、ひたすら行じて参ります。
どうぞ本年もよろしくご指導のほど、お願い申し上げます。
皆様のご平安を心よりお祈り申し上げます。

合掌


 見るものれるものすべてが新しく、 おごそかに感ずる新春を迎えました。
 当たり前に繰り返されている時間の流れが、たった一日、日が改まり、 とし が変わる、 ただ それだけで、何もかも新鮮に見える。
 変って行くような気がする自分、変わろうとしている自分の心を、素直に受け入れて、今年も大いに精進を致したいものである。
 昨年は、思いがけない大型店舗「小田急エース店」を、新宿の小田急エース街に出店することが出来ました。欲しくてもなかなか手に入らない最高の立地である。
 おそらく私の集大成の店舗に成るのではないかと密かに思っているのである。
 ── 会社を創業して40年が過ぎた。
 様々なことが走馬灯のように思い出される。喜寿を過ぎ、近頃、つくづく人のご縁の尊さと受けたご恩の有難味が身にしみてくる。
 会社創立の時、文字通り親身になって尽力して下さった「独立の恩人5名」の皆さんも既に鬼籍に入った。いま私にできることは、年2回の御霊昇天祭で、懇ろにご 回向えこう する位のことしかできない。独立の恩人5人については、平成23年10月10日の「ふくろう通信 運と岩茸は危ない所にある」に書いた。
 改めて40年前、私に500万円の大金を、無担保で、しかも保証書の一枚も取らずに融資して下さった潮来のおとうさんこと澤田徳美さん、友人の野田社長、河西社長さん、テリオさんがいるが、私の独立の為に、自身の全てを賭けて、物心両面でご援助下さったマドレーヌ洋菓子店の社長、小松正人さんの桁外れな「利他のこころ」は、決して忘れてはいけないことである。
 この小松先生の大恩無くしては、今日の株式会社テリオは存在しませんでした。
 小松さんの確かな男気と友情とそして金銭的なご援助のお蔭で、私は独立という大きな賭けに踏み切る事が出来たのです。
 ── 運と岩茸は危ないところにある。
 というが、やはり独立には大きな危険が伴うものである。
 人気 ひとけ のない板塀に囲まれた今の高田馬場店の物件を前にして、
「米山さん、この場所は絶対に成功する場所ですよ、やりましょう!」
40年前の小松さんのこの力強い一言が、迷いに迷う最後の決断をさせて呉れたのです。
 思えばあと一ヶ月、この決断が遅れていたら第一次オイルショックによって、独立のチャンスは永久に消え去ってしまったように思う。
 ── ほんとうに小松さんの強い運に支えられたお蔭であった、と振り返ってしみじみと思うのである。
 わが社で働く皆さんには、是非この5人方々の「ご恩の心」を知って頂き、いつまでも語り継いで会社のお徳として、大切にして頂きたいものである。
「恩は着せるものではなく、着るもんだよ。」
「お前が独立できたのは、お前の実力でもなんでもないよ。人様のお蔭ですよ。このご恩はけっして忘れてはいけないよ。死ぬまでずっと着ていくのですよ。」
 学問も無く漢字も充分に書けなかった亡き母の祈るような叫びが、今も私の耳元から離れない。諸行無常の人間界である。
 玄冬半ばを過ぎて、しみじみと縁有ってお近づき頂いた皆さんの御恩を知り、改めて、一度きりの大切な人生を、今年もしっかりと歩んで生きたいと念願するものである。

合掌




米山 昌英