ふくろう通信

平成28年05月20日
米山 昌英

人天の師を待つ思い夏に入る (三島龍澤寺 中川 宋淵老大師)


 悲しい訃報に接して心を乱されている。
N-1(エヌーワン)ゼミという勉強会を主宰し、経営コンサルタント一倉 定先生の最も優秀な教え子として、誰からも羨望の目で見られていた株式会社福しんの高橋保次会長の逝去である。
 一倉先生が亡くなった後、先生のビデオをテキストに、勉強をし直していた一倉先生の門下生に頼まれて、自然に出来た「N-1ゼミ」であった。
 高橋会長とは、一倉先生の「社長学セミナー」で親しくなり、心許せる親友の一人として、会社の様々な悩み事や経営の将来について教えて頂いた信友のひとりであった。
 高橋会長は、創業者に比較的多い、良い意味で癖のある個性というものがなかった珍しいタイプの経営者であった。会社の現況のこと、将来のこと、後継者のこと等を何でも心を開いて相談出来る間柄であった。とても懐の深い人格者であった。初対面の人にもニコニコして人懐濃く、直ぐに打ち解ける独特の人柄が、誰をも魅了する誠に稀有な大尽であった。経営のことで困ったときには、何でも相談できる私にとっては大切な師匠であった。
 仕事の面でも随分お世話になった。当社の環境衛生事業部が力を入れている害虫駆除の仕事でも、「良い仕事をして呉れるのであれば。」と快く取引に応じて頂いた。
 会長に最後にお目にかかったのは、今年の3月24日が最後となってしまった。
 年4回開く恒例の食事会を東京サービス株式会社の阿保社長と新宿の「なだ万賓館」でご一緒した時である。昨年、東京都食品健康保険組合の成人病検査でガンが発見された、ととても感動していた。
 「米山さん!健保の検診も馬鹿に出来ないね、私の初期の癌を良く発見したね。初期のすい臓がんをエコーで発見出来たなんて大したもんですよ。」「じゃー今度、健保に行ったときに会長の感謝を伝えておきます。」と答えたものである。
 4月には金沢の株式会社番匠本店の「プロント」店が開店することになっていたので、打ち合わせを兼ねて、恒例の食事の日程を詰めようとメールを送ると「いま体調が優れないので、もう少し後にしましょう。」ということだった。
 4月の後半になってメールを再び送ると今度は応答がなかった。胸騒ぎがして阿保社長に電話すると「亡くなった。」ということだった。とても言葉では言い尽くせない衝撃であった。
 失ったものの大きさに只々慄いて、なすすべ術がないのである。
 こんなことになるならもっと何回も会って、教えを乞うておけばよかったと後悔の念でいっぱいである。実に無念である。
 株式会社福しんは高橋会長の後継者として御子息さんが立派に継承して隆盛である。ご子息さんは、早くから後継者として勉強会で熱心に「社長学」を勉強しておられる。親子で価値観を共有できるということは誠に素晴らしいことである。
 近々「お別れ会」が開かれるというので、積年のご報恩に感謝しながら最後のお別れをしたいと思っている。改めて失った師の大きさに、只々残念至極である。
 心からご冥福をお祈り申し上げます。



合掌




米山 昌英