ふくろう通信

平成28年07月05日
米山 昌英

禅堂のぐるりの闇の今年竹 (三島龍澤寺 中川 宋淵老大師)


 第44期の経営計画発表会を無事に終えた。
 発表会が来る度に、その厳しい現実の前に、いよいよ身の引き締まる思いにり立てられるのである。
 出席した従業員の力強い熱気に囲まれて、至福しふくのひとときを過ごすことが出来た私は、とても幸せ者である。ほんとうにありがとうございました。
 事業活動もいよいよ本物だけが生き残りを賭けて、縮小したマーケットの中で、お客様を奪い合う弱肉強食の厳しい時代になった。身も心も引き締めて、私の全身全霊をささげていのない第44期にしたいと念願しています。どうぞよろしくお願いいたします。
 さて、今年も第3日曜日は「父の日」である。5月の「母の日」に比べると、どうしてもすこし軽い感じがしてならないのである。
 戦後七十年の間に、日本のお父さんの家庭内での地位は、下がりっ放しになったようである。
 日本生命の最近のアンケートによると、父の日にプレゼントを贈るという人が、48.9%と初めて50%を切ったという。古い新聞記事であるが、マスコミ志望の大学生を対象にしたあるセミナーで、「尊敬する人は、歴史上の人物でも、現存の学者、政治家、実業家でもなく両親である。」という東京新聞の興味深い社説記事を読んだ。
 「お父さんを楽にしてあげたい。お父さんを喜ばせてあげたい。」と書いてある男女が近頃は、圧倒的に多くなったというのである。
 戦前は、「喜ばせてあげたい。」「楽をさせてあげたい。」対象が、お母さんだったのが、戦後五十年を経て、お父さんに代わってしまったのだ。
 お父さんは、社会的にはともかく、家庭的には既に“弱者”として、同情の対象に成り下がってしまったのだろうか。そのうえ「父の日」のプレゼントも二人に一人は贈らないという。誠に考えさせられることである。
 最近のお父さんは、休みの日には子供たちともよく遊び、車を運転して買い物の手伝いもするし、台所にも気楽に立つという。しかし私は、そんなことは父親の役割としては、本務ではないと思うのである。
 父親として大切なことは、子供が抱いている将来の夢の相談に真剣に乗れるだけの品格を養うことである。自ら歩いてきた貴重な社会体験を踏まえて、子供の長所に相応ふさわしい人生のアドバイスができる。そう言う父親像を目指す。これが父親の大切な役目である。
父の日に、父たる皆さんに、改めて考えて頂き、皆さんの家庭の父親像を確立してほしいものである。
 父親は、家庭の大黒柱である。そして母親は、その大黒柱を支える土台石でなくてはならない。私の育った田舎の家には、太くて黒光りした欅の大黒柱が土台石によってしっかりと支えられていた。台風や地震が来てもびくともしない大黒柱が大きな家のすべてを力強く受け止めていた。子供の頃は、恐怖心で地震や台風のたびに、大黒柱にしがみついたものである。現代の家には、大黒柱という柱がなくなってしまったので、そういう存在すら知らない人が多くなってしまった。そして家庭の大黒柱の主人の席は、跡形もなく無くなってしまったのである。
 軽くなった「父の日」に少しばかりの感傷を込めて書いてみた。
 様々さまざまに濃淡をつけた緑が風に揺られてきらきらと美しい。緑の間をぬって吹く風に薫風くんぷうと名づけたのは、中国の詩人であるという。
良い季節に感謝しなくてはいけない。


合掌




米山 昌英