ふくろう通信

平成29年08月20日
米山 昌英

きさらぎやこの老いにして
          老を見ず (龍沢寺 中川 宋淵老大師)


 今年の夏の異常気象は、様々なところに影響を与えているのではないか、と思わずにはいられない程、私の身辺ではいろいろなことが起こっている。
 新しい年を迎えるとすぐ、親戚の中山家で、節分が過ぎる2月12日には、妻の兄の奥さんが、3月になると息子の嫁の叔父さんが、5月には、私の3歳年上の姉が風呂場で忽然として亡くなった。今月の22日にはお世話になっていた小田急電鉄の経堂コルティの森谷副所長さんも亡くなった。
 6月の下旬には、長い間ご厚誼を頂き、肝胆相照らしたお付き合いを頂いた大日本茶道会の宗匠田中仙翁さんと続いた。
 7月には冨士の小学校・中学校時代の大の仲良しで田子の浦で一番の秀才といわれた優等生、山本 汎くんであり、その悲しみから抜け切れずにいる今月、お悔やみが済んだ8月18日には、野良猫の通称「ミイちゃん」が死んだ。このミイちゃんは、不思議な猫だった。人懐こい猫で、近所のある家に野良猫として出入りしていた。息子の祐司が猫好きでいつの間にか我が家に入り込んできた。息子は、野良猫として捨てられると困るので、首輪を買ってつけて呉れた。人見知りしないとても優しい猫だった。
 我が家で息子が可愛がり始めたのは、結婚前であるから多分十数年前である。人間の年令にすると80歳くらいになった老猫である。
 不思議なことに私の家に来た過去の野良猫は、いつも秋のお彼岸の時期にノコノコと現れた。今回で3回目である。私は、いつもお彼岸という因縁に縛られて、外で餌を呉れてきた。妻も息子も猫が大好きだった。
 通称ミイちゃんは、5年位前に家の前の道路で車に轢かれて、瀕死の重傷を負った。斜め前の近所の三田村さんのご子息さんが病院に連れていってくれ、ようやく元気になった。その後、ミイちゃんは、三田村家のお兄ちゃんのところにも出入りする様になった。両方の家を巧みに行き来しながら両方の家をうまく活用した。
 亡くなる三日前から急に食欲が無くなり、痩せが目立ってきた。私は病気を心配して病院に連れていくことを進言した矢先である。毎朝家の周りをお清めして歩く習慣で、その日も家の周りを歩いていると、猫がゴロッと横になって、死んだように横たわっていた。私は、持っていたご神水を手に乗せて飲ませた。だるそうに動かなった猫が最後の力を振り絞って顔を上げて飲んだ。私は、「今日はママに病院へ連れて行ってもらいなさい。」と、言いながら会社に出た。
 会社に来た妻が、「ミーちゃんが亡くなったよ。」と伝えてきた。「エッ!」と絶句した。私が最後に飲ませたお水は、「末期の水」になってしまったのだ。
私は、ミーちゃんを我が家の猫として愛し続けてくれた息子に、この事実をどのように伝えたらいいか、いまだに迷っている。悲しい出来事である。
 別離は、人間であれ動物であれ誠に辛いものである。只々寂しく心よりご冥福を祈るのみである。


合掌




米山 昌英